いき活のススメ⑨
17.普通であることの幸せ
2019年7月26日、私は在宅介護していたアルツハイマー型認知症の母親を自宅で看取りました。2年半ほどの介護期間でしたが、病院に入院することもなく、最期の1週間は殆ど目覚めずに、静かに逝きました。その朝、私がゴミ出しに行っている間に息を引き取りました。最期の言葉を交わすこともなく、あっけなく死は訪れました。1983年7月27日、母は50代半ばで私の父である夫を亡くし、父の代わりに一家を支え続けてきました。母は穏やかで地味な普通の人でしたが、苦労している様子を外には出さない芯の強さを持っていました。夫亡きあと丸36年、一日のずれもなく、夫の命日の前日逝ったところに、母の強い意志が感じられます。享年90歳。見事なまでに普通の人生だったと思います。普通であることがいかに尊いことか、私は思い知らされました。母は傍から見ると、苦労の連続だったように見えました。遺された者は、「母は幸せだったのだろうか」「趣味があるわけでもなく、何か生きがいがあったのだろうか」等、思いを巡らしますが、今更ながら生前の母の心境を知ることはできません。65歳まで外で働き、その後も認知症になるまで20年以上家事をやり続けました。この何の変哲もない普通の人生をやり切った母が、生前には全く思いませんでしたが、いまの私には妙に輝いて見えます。思えば、世の中の大多数の人たちは、母のように何の変哲もない日々を送りながら人生を終えるのかもしれません。しかし、傍から見るとこの普通の人生にも悲喜こもごもとした諸相があるのは当然のことです。ただ、私は到底母のような普通の人生は歩めません。私は自分の人生に対して欲張りなタイプなのでしょうか。「何か生きがいを持って生きたい」「悔いのない人生を送りたい」と常に渇望し、ジタバタしながら生きています。結局その先には「私なりの幸せとはなにか」を希求することなのでしょう。母の普通であることを全うした人生が幸せであったかどうかはわかりません。ただ、母が亡くなる3週間ほど前に忘れられない光景があリます。この頃、母は気持ちも穏やかになり、それまで私を悩ませた認知症の不穏行動もなくなっていました。食事はあまり摂れなくなっていましたが、近所の仲の良い知人が訪ねて来ると、いつものように愛想よくふるまいました。「根岸さんところは、息子さんが面倒みてくれるから、幸せよね」と言われると、「もう私は何もできないから、全部この人に任せきりよ」と静かに笑って応えました。母が最期に微笑んだこの時、母はきっと幸せだったに違いないと思うのです。
18.いき活さんが行く!
以前述べたように、私は2022年1月にパーキンソン病と診断されました。発症
がその1~2年前とすると、現在発症して5年目になります。健康寿命が今後
どれくらい続くかは分かりませんが、一応あと5年と考えてやっています。
残された時間を悔いのない人生にするために私のチャレンジを楽しんでいく姿勢は
全く変わりません。思えばパーキンソン病と診断される前年から「終活からい
き活へ」をイメージするようになり、いき活を提唱し始めました。その後自身
が「いき活のトップランナー」として走っているわけですから、人生は面白いものです。
私は60歳以降様々なチャレンジをしてきましたが、勿論うまくいったことばかりではな
く、失敗したことの方がはるかに多いです。でも失敗したことでも、それをやっている時
は楽しいのです。うまくいった一つにセミナー講師があります。2019年末から自主開催で
始めた終活セミナーは、2022年からいき活セミナーに変わり、現在まで70回程実施して
きました。私は人前でしゃべることが好きなのだと思います。このセミナー講師の役割は
私のいき活人生に欠かせないものとなりました。
私がいき活の理念としているのは、イギリスの喜劇王チャールズ・チャップリンの言葉です~「人生は怖れさえしなければ、とても素晴らしいものだ。そのために必要なものは、勇気、想像力、そして少しのお金だ」チャップリンは、勇気と想像力と少しのお金があれば誰もが素晴らしい人生=幸せな人生を送ることができる、と言います。但し、勇気…の前に「人生は怖れさえしなければ」という条件が付いていることが、私はポイントであると思います。怖れとは何でしょうか? それは「もう歳だから」とか「健康が気になるから」とか「能力がないから」「時間がないから」等々。不安や怖れは誰もが少なからず持っているものです。不安や怖れをゼロにすることはできないにしても、なるべく少なくすることが大切です。私はパーキンソン病になっても怖れはありません。和田秀樹先生流に言えば「どうせ死ぬんだから」です。私には「歩けなくなって、寝たきりになって…」と、いつかは来る将来に思い悩んでいる時間はありません。私はまだやりたいことがたくさんあります。でも、たとえやりたいことができなかったとしても、後悔はしないと思います。なぜなら、私はいまというプロセスを楽しんでいるからです。そして、私には自分が最期を迎えた時のイメージがあります。私は子どもの頃からの人生が走馬灯のようにスライドとなって瞼の奥に現れます。私は楽しかった思い出に満たされながら、幸せに旅立ちます。
〈いき活のススメ 完〉
がその1~2年前とすると、現在発症して5年目になります。健康寿命が今後
どれくらい続くかは分かりませんが、一応あと5年と考えてやっています。
残された時間を悔いのない人生にするために私のチャレンジを楽しんでいく姿勢は
全く変わりません。思えばパーキンソン病と診断される前年から「終活からい
き活へ」をイメージするようになり、いき活を提唱し始めました。その後自身
が「いき活のトップランナー」として走っているわけですから、人生は面白いものです。
私は60歳以降様々なチャレンジをしてきましたが、勿論うまくいったことばかりではな
く、失敗したことの方がはるかに多いです。でも失敗したことでも、それをやっている時
は楽しいのです。うまくいった一つにセミナー講師があります。2019年末から自主開催で
始めた終活セミナーは、2022年からいき活セミナーに変わり、現在まで70回程実施して
きました。私は人前でしゃべることが好きなのだと思います。このセミナー講師の役割は
私のいき活人生に欠かせないものとなりました。
私がいき活の理念としているのは、イギリスの喜劇王チャールズ・チャップリンの言葉です~「人生は怖れさえしなければ、とても素晴らしいものだ。そのために必要なものは、勇気、想像力、そして少しのお金だ」チャップリンは、勇気と想像力と少しのお金があれば誰もが素晴らしい人生=幸せな人生を送ることができる、と言います。但し、勇気…の前に「人生は怖れさえしなければ」という条件が付いていることが、私はポイントであると思います。怖れとは何でしょうか? それは「もう歳だから」とか「健康が気になるから」とか「能力がないから」「時間がないから」等々。不安や怖れは誰もが少なからず持っているものです。不安や怖れをゼロにすることはできないにしても、なるべく少なくすることが大切です。私はパーキンソン病になっても怖れはありません。和田秀樹先生流に言えば「どうせ死ぬんだから」です。私には「歩けなくなって、寝たきりになって…」と、いつかは来る将来に思い悩んでいる時間はありません。私はまだやりたいことがたくさんあります。でも、たとえやりたいことができなかったとしても、後悔はしないと思います。なぜなら、私はいまというプロセスを楽しんでいるからです。そして、私には自分が最期を迎えた時のイメージがあります。私は子どもの頃からの人生が走馬灯のようにスライドとなって瞼の奥に現れます。私は楽しかった思い出に満たされながら、幸せに旅立ちます。
〈いき活のススメ 完〉