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いき活のススメ⑧

15.介護するのが幸せだった

2019年夏に母が亡くなったあと、誰もが口をそろえて言いました。「根岸さんは、自宅でずっと息子さんに介護してもらって、幸せだったわね」と。母が幸せだったかどうかは、正直わかりません。少なくとも、認知症になって、だんだん身の回りことができなくなり、排泄介助まで息子にやってもらわなければならなくなった自分を情けなく、切なく思っていたに違いありません。しかし、私はこうした母を介護することが心底愉しかったのです。世間では「子育てには希望があるが、年寄りの介護は希望がなく大変なだけだ」と言う人もいますが、私はそうは思いません。私は60年生きてきたなかで、母を在宅介護した2年数カ月ほど愉しく幸せだった日々はありません。母と過ごした何の変哲もない毎日が愉しく、かけがえのない日々の連続でした。 確かに、私は在宅介護していた間中熟睡できなかったり、母の不穏な言動にストレスを感じたこともありました。だが、これも日が経てば愛しい日々としか思い出せません。世の中には、5年・10年と在宅介護を続け、ご苦労されている多くの方がいることも承知しています。私も10年以上の在宅介護が続いていたら、同じ心持ちでやれたかどうかはわかりません。私が在宅介護できたのは、身近に支援してくれる人がいたり、いくつかの条件が整っていた恵まれた例なのかもしれません。ただ言えるのは、私は母の介護を何よりも最優先にしてやったことと母を介護して私自身が幸せだったことは、紛れもない事実です。私が母を在宅介護して自宅で看取ったことを、人は「なかなかできることではない、偉いですね」と誉めてくれます。しかし、私が「母を介護して幸せだった」と言うと、多くの人が理解しがたいと怪訝そうな顔つきになります。やはり、介護は大変なもの、辛いものという認識が殆どで、幸せとは程遠いものなのでしょうか。以来、なぜ介護して私は幸せだったのかを、ずっと知りたいと思ってきましたが、1冊の本との出会いで、その理由がわかりました。私が母を介護して幸せだったという謎が、樺澤紫苑著『The Three Happiness精神科医が見つけた3つの幸せ』によって氷解しました。樺沢さんが提示した「脳内物質によって人は幸せになる」という主張は私の心を射抜きました。愛とつながりの脳内物質「オキシトシン」は、他者との交流・関係によって生まれるというものです。私は母を介護することで、私の脳内にオキシトシンで満ち溢れ、「オキシトシン的幸福」を実感していたのだということです。若い母親が育児をして幸せを感じるのと私が母を介護して幸せを感じたのは、同質の幸せ感だったのです。

16.幸せはプロセスの中に 

「幸せとは何ですか」という問いかけに「私の幸せは〇〇です」と即答できる人はどれくらいいるのでしょうか。「幸せとは何か?」「どうすれば幸せになれるか?」という幸福論に類するものは古今東西の哲学者・思想家から文学者まで2,000年以上に渡り、様々な視点から論じられてきました。我が国における幸福感について見ても、「一流大学に入り、上場企業に勤め、適齢期に良き伴侶と結婚して、子供にも恵まれ、家族が円満に暮らせる」という最大公約数的な幸福感の多くは、もはや幻想になりつつあるのかも知れません。それが証拠に、日本人の幸福度は世界幸福度ランキング2020では世界第62位。主要先進国では最低です。ちなみに同ランキングが始まった2012年は第44位。経済的にはGDP世界第4位(2024年)、子供の高等教育機関への進学率は高く、社会保障制度も整備され、何より治安の良さは世界一の日本に住む人々がなぜ幸福感が低いのか?
精神科医樺沢紫苑は、私たちが信じる既存の「幸せになる方法」が間違っているからだと言います。一方、少し質問を変えて、「あなたは具体的にどういう状態の時、幸せを感じると思いますか?」という問いに対しては、様々な答えが予想されます。「健康で毎日を過ごせることが幸せ」「親しい友人とおしゃべりするのが幸せ」「子供の成長を見ることが幸せ」「やりがいをもって仕事できることが幸せ」「美味しいものを食べることが一番幸せ」「うちのワンちゃんが私の幸せ」「押しのアイドルを応援するのが何より幸せ」等、人が幸せと感じることは千差万別です。樺沢さんは、幸せについて書かれた本を何冊読んでも、結局のところ幸せになる方法はよく分からないとも述べています。その彼が「幸せになる方法」を現実的に、具体的に、実践的に、明快な「To Do(すべきこと)」として示しました。多くの人は「幸せ」を「結果」として捉えています。「頑張って努力を続けていくと、いつかは幸せになれる」とイメージする人は多いでしょう。しかし、「幸せは結果である」という考え方は完全に間違いだと樺沢さんは断言します。「幸せ」とは、今この一瞬の「状態」であり、プロセス(過程)であり、ゴールでも結果でもありません、と。前述したオキシトシン的幸福は、今ここにある「BE」の幸福であり、未来に幸福があるわけではないのです。すなわち「頑張って努力した結果幸せになる」のではなく、「頑張って努力している今が幸せ」なのです。こうした幸せについての知見は、最新の脳科学からも支持されるものです。