いき活のススメ⑦
13.大切な事を先延ばしに…
多くの人にとって「死」はいつか自分に訪れるということは頭ではわかっていても、実感はないのが普通でしょう。しかし、誰もががんになる可能性がある現代、意外に死は身近にあります。国立がん研究センター中央病院の清水医師が『もしも一年後、この世にいないとしたら』でいうように、「大切な事を先延ばしにしていませんか」という問いかけに、ハッとする人も少なくないでしょう。自分にとってやりたいことがあったとしても、「今は仕事で忙しいから時間ができたらやろう」、「そのうちやろう」、「定年後にやろう」等々。先延ばしにしている人は、結局いつになってもやりたいことができない場合が多いのも事実です。「このままでよいのだろうか?」という漠然とした疑問を感じながらも、「今、生きている時間を大切にしていない人がいかに多いか」と清水医師は言います。
がんと心の問題を専門とする清水医師は、がん患者とその家族の診療を担当していく中で「毎日をなんとなく生きていた」自分自身の人生も変わったといいます。
「あまり自分にとって大切ではないこと」と「後回しにせずに取り組んだほうがよいこと」をきちんと区別できるようになったと記しています。その結果、確信をもって日々が生きられるようになり、納得のいく人生に近づいたとも述べています。言い古されたフレーズですが、「後悔しない人生にするために、いまを大切に生きる」しかないのでしょう。
清水医師は成人するまで素直に「こうしたい」という自分の気持ちをずっと押し込めて、窮屈に成長し、精神科医になってからも「自分は何のために生きるのか」に葛藤しながらやってきたと言います。死に直面したがん患者さんと向き合うことで、清水医師は少しずつ心境の変化が起こります。医師としても目を背けたくなる厳しい状況にあっても、残された日々を懸命に生きようとする患者さんの姿に心打たれました。マルチン・ルターの「たとえ世界の終末が明日であっても、自分は今日リンゴの木を植える」という言葉に、「もうすぐ人生の終わりが来るのを分かっているのに、なぜそんなに真剣に毎日を生きられるのか」ということがずっと謎でした。がん患者さんと向き合うことで、人生に感謝することができるようになり、「普通の日の連続」が幸せと思えるようになり、「人生の終わりが来るのを分かっていても残された生を懸命に生きる」人々の心情を理解できるようになりました。大切な事を先延ばしにしている時間はありません。残された限りある人生を意識して生きるだけです。「大切な事を先延ばしにしていませんか?」という問いかけは、いつも私の頭の中にあります。
がんと心の問題を専門とする清水医師は、がん患者とその家族の診療を担当していく中で「毎日をなんとなく生きていた」自分自身の人生も変わったといいます。
「あまり自分にとって大切ではないこと」と「後回しにせずに取り組んだほうがよいこと」をきちんと区別できるようになったと記しています。その結果、確信をもって日々が生きられるようになり、納得のいく人生に近づいたとも述べています。言い古されたフレーズですが、「後悔しない人生にするために、いまを大切に生きる」しかないのでしょう。
清水医師は成人するまで素直に「こうしたい」という自分の気持ちをずっと押し込めて、窮屈に成長し、精神科医になってからも「自分は何のために生きるのか」に葛藤しながらやってきたと言います。死に直面したがん患者さんと向き合うことで、清水医師は少しずつ心境の変化が起こります。医師としても目を背けたくなる厳しい状況にあっても、残された日々を懸命に生きようとする患者さんの姿に心打たれました。マルチン・ルターの「たとえ世界の終末が明日であっても、自分は今日リンゴの木を植える」という言葉に、「もうすぐ人生の終わりが来るのを分かっているのに、なぜそんなに真剣に毎日を生きられるのか」ということがずっと謎でした。がん患者さんと向き合うことで、人生に感謝することができるようになり、「普通の日の連続」が幸せと思えるようになり、「人生の終わりが来るのを分かっていても残された生を懸命に生きる」人々の心情を理解できるようになりました。大切な事を先延ばしにしている時間はありません。残された限りある人生を意識して生きるだけです。「大切な事を先延ばしにしていませんか?」という問いかけは、いつも私の頭の中にあります。
14.最期に残る思い出
アップルの創業者スティーブ・ジョブズ最期の言葉、「他の人の目には、私の人生は成功の典型的な縮図に見えるだろう。しかし、仕事を除くと喜びの少ない人生だった。人生の終わりには、私が積み上げてきた富など、人生の単なる事実でしかない」と振り返ります。
「病気でベッドに寝ていると、人生が走馬灯のように思い出される。私のずっとプライドを持っていたことや富は、迫る死を目の前にして色あせていき、何も意味をなさなくなっている」と述べます。そして、「私が勝ち得た富は、私が死ぬ時に一緒に持っていけるものではない。私が持っていけるものは、愛情にあふれた思い出だけだ。」と結びます。
スティーブ・ジョブズが言うように、全ては私たちの心の中にあります。人生がどのようなステージにあったとしても、誰もが、いつか、人生の幕を閉じる日がやってきます。
最近タイトルが気になった本が2冊あります。和田秀樹著『どうせ死ぬんだから』と鈴木裕介著『我慢して生きるほど人生は長くない』でどちらもタイトルが心を射抜きます。和田さんは『80歳の壁』というベストセラーを書いた精神科医で「終活なんかいらない」「やりたいことをやらなきゃ損」と医者にも関わらず週5回好きなラーメンを食べ歩き、血圧、血糖値の数値が極端に悪いそうです。成人病のオンパレードのような体の状態でも全く気にせず服薬もしていないとのこと。和田さんの「好きなことだけやって寿命を使いきる」「死ぬときぐらい迷惑をかけよう」という歯に衣着せぬ痛快な物言いに共感する人は多いようです。特に「金持ちより〈思い出持ち〉がうまく逝く」はスティーブ・ジョブズ最期の言葉とも重なり、至言です。
一方、鈴木さんは心療内科医で、本書は自己肯定感を上げるためのノウハウ本ですが、「我慢して生きるほど人生は長くない」「誰かのために生きる必要はない」はシニア世代にとって重要です。また、「自分の物語をつくる」「これまで起こってきた出来事に自分なりの解釈をつけていく(意味づけをしていく)は、後悔なく、自分らしく生きるために有効な考え方です。自分の人生に何らかの意味づけをすることは自分が生きた証しになります。人生は自分独自の物語をつくることに他なりません。誰もが最期に、自分が歩んできた人生を走馬灯のように見るのでしょう。人は最期に想起される思い出によって、幸せに逝けるか否かが決まるのかもしれません。アメリカの心理学者/ジェイムズ・ヒルマンは「人は日々を意味に満ちたものとして実感しながら生きるためにはそれに見合う“人生の物語”を持つことがまず必要なのだ」と述べます。
「病気でベッドに寝ていると、人生が走馬灯のように思い出される。私のずっとプライドを持っていたことや富は、迫る死を目の前にして色あせていき、何も意味をなさなくなっている」と述べます。そして、「私が勝ち得た富は、私が死ぬ時に一緒に持っていけるものではない。私が持っていけるものは、愛情にあふれた思い出だけだ。」と結びます。
スティーブ・ジョブズが言うように、全ては私たちの心の中にあります。人生がどのようなステージにあったとしても、誰もが、いつか、人生の幕を閉じる日がやってきます。
最近タイトルが気になった本が2冊あります。和田秀樹著『どうせ死ぬんだから』と鈴木裕介著『我慢して生きるほど人生は長くない』でどちらもタイトルが心を射抜きます。和田さんは『80歳の壁』というベストセラーを書いた精神科医で「終活なんかいらない」「やりたいことをやらなきゃ損」と医者にも関わらず週5回好きなラーメンを食べ歩き、血圧、血糖値の数値が極端に悪いそうです。成人病のオンパレードのような体の状態でも全く気にせず服薬もしていないとのこと。和田さんの「好きなことだけやって寿命を使いきる」「死ぬときぐらい迷惑をかけよう」という歯に衣着せぬ痛快な物言いに共感する人は多いようです。特に「金持ちより〈思い出持ち〉がうまく逝く」はスティーブ・ジョブズ最期の言葉とも重なり、至言です。
一方、鈴木さんは心療内科医で、本書は自己肯定感を上げるためのノウハウ本ですが、「我慢して生きるほど人生は長くない」「誰かのために生きる必要はない」はシニア世代にとって重要です。また、「自分の物語をつくる」「これまで起こってきた出来事に自分なりの解釈をつけていく(意味づけをしていく)は、後悔なく、自分らしく生きるために有効な考え方です。自分の人生に何らかの意味づけをすることは自分が生きた証しになります。人生は自分独自の物語をつくることに他なりません。誰もが最期に、自分が歩んできた人生を走馬灯のように見るのでしょう。人は最期に想起される思い出によって、幸せに逝けるか否かが決まるのかもしれません。アメリカの心理学者/ジェイムズ・ヒルマンは「人は日々を意味に満ちたものとして実感しながら生きるためにはそれに見合う“人生の物語”を持つことがまず必要なのだ」と述べます。