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ある女優の「自分らしい終わり方」

仏事が嫌い。戒名なんていらない。墓にも入りたくない

 女優の木内みどりさんは、生前「葬儀戒名、一切いらない。死んだら山にまいてほしい」と発言していました。
 今の一般的な葬儀のあり方に強い問題意識を持っていた木内さんは散骨予定の山の下見も済ませていたといいます。
 また、遺書には「できれば親しい人たちで、美味しいものでも食べながら、美味しいお酒を飲んで、好きな音楽を流して送ってほしい」と書いていました。
「仏事が嫌い。戒名なんていらない。墓にも入りたくない。骨つぼに入れられるのが嫌。山にまいてほしい」
 その木内さんが旅先で急逝し、駆けつけた夫と娘は、遺体を実家のある東京に戻すことなく、現地で荼毘に付しました。
 火葬して、帰京後に、身内を中心にごく親しい人たちだけでの小さなお別れ会を自宅で行いました。
「いつもなら皆さんのためにみどりが料理を作ります。しかしそんな彼女がもういません。
 お酒は用意するから料理は持ってきてください、と伝えて集まっていただきました」と夫は言いました。

大事なのは悼む心

 チベット仏教を信仰していた木内さんは、「とっとと忘れてほしい。これが私の一番の希望。お墓参りなんてとんでもない」ともラジオで言っていたそうです。。
「こんな感じでしたから結局、葬儀の費用も、これでいいのかな?と思うほど安く済みました。
 棺おけも上等なものではなく、機能的なものを選びました。
 それにしても、なぜ人が死んだら、いきなり葬儀屋さんがやってきて、言われるがまま100万とか200万円とかの葬儀代を払うのでしょう。
 誰のためにやる葬儀なのか。これこそ、みどりが生前、非常に問題視し、嫌がっていたことです」と夫は続けます。

「今の葬儀はおかしい。なぜカタチにこだわるのか。なぜ、様式にとらわれるのか。なぜ、不要なところにお金をかけるのだろう。
 大事なことは悼む心。生きることを考える上で、死から目をそらしてはいけない」という木内さんの言葉は、「こんな終わり方があってもいい」と思わせるほど説得力があります。
 言葉だけでなく自らの死をもって体現した木内さんの生き方(=死にざま)は春風が吹くごとく、潔く見事なものです。 
 木内さんが遺したのは、悼む心こそ大事とする葬儀のあり方を根本的に問うとともに、死に無関心すぎる私たちに大きな課題を投げかけたように思います。                                
 ただ、コロナ禍の影響下、肉親の死を直接弔うことのできなかった家族が増えたことで、葬儀の本質である「悼む心」の大切さを多くの人の心にあらためて刻み込んだことも事実です。